2014年10月3日

「いまの戦争が終ったころ、こんな、夢を持ったような古風のアンブレラが流行するだろう。」

ごきげんよう。
トリメガ研究所研究員参号です。

静岡展解説シリーズ、サプリメントの第11回目。
今日は本展のために制作された新作アニメーション《女生徒》とその周辺です。

作品内容についてはこのサイトの「新作アニメ」コーナーになかなか行き届いた作品紹介を入れているので、詳細はそちらに譲り、ここではそちらにない話を。

(当サイト) 「新作アニメ」のページへ

展覧会でアニメーションを制作することにしたのはどのようなきっかけか?というようなことをよく訊かれるのですが、実はアニメーションを作ること自体は企画スタート時点で決まっていました。

われわれが展覧会をやる以上は、「アニメ?そりゃ、作るでしょう。もちろん賑やかしではなく、出品作のひとつとして」といった感じです。

なので、「なぜ、美術展でアニメーション?」との問いには「出品作の一つとして展覧会の象徴となるような作品を企画者で用意したかったから」とお答えすることとなるでしょう。

 

しかし、企画スタート時点では、題材をどうするか?原作付きか?オリジナルか?といったことがかならずしもすぐに決まったわけではないのです。

例によって青森でなにがしかの会議があったときのこと。青森市街から美術館へ向かうバスのなかで、それまで調べたこと・読んだものなどの話になったわけですが、そこで登場したのが四方田犬彦氏の『「かわいい」論』。

「そういえば太宰の『女生徒』が紹介されてたけど、あれいいですよね」「ですねー」「そういえば太宰は青森出身だし、アニメの題材に良いかも」「なるほどー」という感じで比較的あっさりと決定しました。

その後、音楽は大口俊輔さんに頼もう、朗読は遊佐未森さんしかないよね、全編アニメ化は難しいだろうから抜粋朗読劇でやろう、抜粋箇所は3者案を持ち寄って合議しよう……と進んでいく中で、監督が最後に決まったような覚えがあります(ですよね?)。

ある日、この監督が良いのではないかと持ち込まれた作品、塚原重義監督《端ノ向フ》。

(ニコ動) 塚原重義監督《端ノ向フ》

(*筆者の環境ではyou tube の読み込みがうまくいかないのでニコニコ動画にリンクしました。初見はコメント非表示推薦。)

SF的幻想世界のようでありながら緻密に作り込まれた設定、昭和初期の匂いに満ちた世界観、そしてなにより太宰の女生徒を演じさせても面白いのではないかと思われる主人公の雰囲気……ということでわれわれのなかでは即決、共通の知り合いであるさる怪活動弁士を仲介に八重洲地下街最古の喫茶店「アロマ」で無事に顔合わせ&依頼にこぎ着けたのでした。

《女生徒》の舞台は1930年代末期の東京。
遠くに戦争の影を感じつつ(「いまの戦争が終ったころ、こんな、夢を持ったような古風のアンブレラが流行するだろう。」)も、繰り返される日常(「明日もまた、同じ日が来るのだろう。」)。どこにも行けない感じがする(「幸福は一生、来ないのだ。」)のに、この時がいつまでも続かないことは知っている(「いっそこのまま、少女のままで死にたくなる。」)。

そんな思春期の少女の内面、けばけばしく飾り立てた女やプチ・ブルの隣人にイライラしたり、自分にモデルをさせる教師の視線に吐き気を催したり、かと思うと夕空に他愛ないほど深く感動したり……という、めまぐるしく変わっていく心のうちが丁寧に描写された意欲作となりました。

なお、原作では、主人公はどの女学校に通っているか、どこに住んでいるかは明かされていません。東京の郊外在住で、お茶の水駅を利用するシーンがある程度。とはいえなにがしかの制服は着せなければなりませんから、ここは東京女子師範学校附属高等女学校の生徒ということにさせてもらいました。制服の描写などで気付かれる方も比較的多いようです(当館館長・芳賀徹など)。その他、細部の作り込みが非常に行き届いた作品ですので、そのあたりもぜひお楽しみいただければ幸いです。

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すみません、長くなりました。以下、展示の御紹介。

 

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↑ 静岡展では、写真奥の部屋で本作をリピート上映しています。

 

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↑ 左は東郷青児の《ナース像》。描かれているのは赤十字の従軍看護婦。右は塚本茂《千人針を縫う》。いずれも《女生徒》とおなじ昭和戦中期がモチーフの作品となります。

 

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↑ 展示ケース内には蕗谷虹児による同時期の少女雑誌口絵。左上の和装と制服の女学生、右下の(呉服屋の娘と思われる)もんぺ姿、右上の都会的で洗練された女性……いずれもたいへんにスタイリッシュ。

 

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↑ 同じく展示ケース内には1/35スケールの女学生。いずれも4cmくらいの方々です。最前列はわれらが《女生徒》の主人公。

 

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↑ ケースの背後には劇中作《伊藤先生の絵》も。担任生徒に死んだ妹の影を重ね、スケッチのモデルにまでしちゃう伊藤先生の絡みつくような視線が巧みに表現されています。

 

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原作となった短編小説「女生徒」は太宰の作品の中でもよく言及される人気作・問題作のひとつであり、さまざまな切り口での語りに開かれた作品ですが、われわれは端的に本作の中心モチーフを次のようなものとして位置づけました。

「いつも世界は揺らいでいて、少女たちの心のうちも揺らいでいます。わたしたちは時にその揺らぎに共振し、時に大きなへだたりを感じつつも、みずからとして在りつづけようとする少女たちの意志への共感を隠すことはできないでしょう。」

あらためて振り返れば、「少女」を鍵にわれわれ(老若男女問わず)自身を振り返ろうとする「美少女の美術史」展全体の眼目もここにあったように思われます。

本作はそのメッセージを見事にかたちとし、青森展・静岡展を通じて来館者の方から意外なほど大きな支持をいただいています。

それはやはり、

監督:塚原重義

朗読:遊佐未森

音楽:大口俊輔

協力:津島園子

の各氏をはじめとするスタッフ、協力者の方々の情熱と御尽力の成果だと感じ入っております。

また、本作を生んだこの2014年現在の日本も、「いつも世界は揺らいでいて」の例外ではない、揺らいだ不安な場所であるということの証左なのかもしれません。

まあ、いつも揺らいでいる以上、今さら悔いたりなんだりしても仕方ないので《女生徒》の主人公のように聡明に誠実に日々を重ねていきたいものです。

 

ということで、「きれいな参号」チックにまとまった静岡展解説シリーズ第11回は《女生徒》とその周辺でした。

ごきげんよう。もう、ふたたびお目にかかりません。

 


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